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盛岡地方裁判所 平成元年(行ウ)4号 判決

岩手県宮古市崎山四地割一五二番

原告

佐々木正志

右訴訟代理人弁護士

菅原一郎

佐々木良博

岩手県宮古市保久田七番二二号

被告

宮古税務署長 佐々木禄也

右指定代理人

中條隆二

久城博

佐々木満男

藤倉泰光

山田昇

阿部覚己

畠山一寿

佐藤晴道

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が原告に対し昭和六二年一一月三〇日付でした、原告の昭和五九年分、昭和六〇年分及び昭和六一年分の所得税の各更正処分のうち別表一「確定申告」欄記載の総所得金額を超える部分及び過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

原告は、建設会社に勤務する傍ら、九五アールの田畑を耕作し、かつ漁業にも従事する者であるところ、被告に対し、昭和五九年分ないし昭和六一年分の各年分(以下「本件係争各年分」という。)について、別表一「確定申告」欄記載のとおり、農業所得に損失が生ずることを理由に、給与所得の源泉所得税分から還付を求める旨の確定申告をし(以下「本件各申告」という。)、これに基づき、昭和五九年及び昭和六〇年の各年分については、それぞれ各年の四月中旬までに別表一「確定申告」欄記載の納付すべき税額欄記載の金額の還付を受けていたものである。

しかしながら、被告は原告に対し、昭和六二年一一月三〇日、本件係争各年分の原告の所得税について、その申告した農業所得の額が過少で不適正であるとして、別表一の各「更正及び加算税の賦課決定」欄記載のとおり、各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をした。

原告は、本件各処分に対し、異議申立及び審査請求をしたが、いずれも棄却されている。

なお、右課税の経緯は、別表一記載のとおりであり、また、原告の給与所得、漁業所得などの農業所得以外の所得金額には争いがなく、農業所得を除いたその額は、昭和五九年分は二一九万〇九二六円、昭和六〇年分は二六一万八二七三円、昭和六一年分は二三五万九一三六円である。

二  争点及び当事者の主張

本件は、原告が、本件各処分について、原告の農業所得の実態に反する過大な所得を基礎にしているから違法であると主張して、その取消を求めるものであるが、主たる争点は、被告のした推計課税に必要性及び合理性があるか、原告の本件係争各年分の各農業所得の実額がいくらかである。

1  推計課税の必要があったか。

(一) 被告の主張

被告が、原告の本件各申告を審理したところ、本件各申告には、所得税法一二〇条四項で添付が義務付けられている事業所得に係る総収入金額及び必要経費の内容を記載した書面(以下「収支内訳書」という。)の添付がなく、かつ、右各申告書には、事業所得に関する収入金額及び必要経費等の記載もなかった。(以上については争いがない。)ほか、本件係争各年分の原告の農業所得はいずれも赤字で、その金額が毎年増加しており、かつ、その農業所得金額が同規模の他の農業所得者の金額と比して著しく低額であった。

このため、被告は、本件各申告に係る原告の農業所得について調査を行うこととして、昭和六二年四月二七日以降、八回にわたり被告の部下職員を原告の自宅に赴かせ、また、原告に来署を求めて、本件各申告に係る農業所得の計算根拠等の説明及び調書書類等の提示を求めたが、原告はこれに応じなかった。

そこで、被告は、原告の農業所得を実額で把握するのは不可能であると判断し、推計課税を行うこととしたものであるから、本件においては、推計課税を行う必要性があった。

(二) 原告の主張

原告は、被告の求めに応じて昭和六一年分の収支内訳書(申告決算書)を提示しているから、被告は実額による農業所得金額を把握し得たものであり、推計課税の必要はなかった。

また、右のとおり、原告は収支内訳書を提示していたのであるから、これによって確定申告の適正さを判断し得る以上、原告に対して税務調査をする必要もなく、不要な税務調査に協力しなかったからといって推計課税が必要となるものとはいえない。

仮に、税務調査が必要だったとしても、被告の部下職員が数回にわたって原告宅を訪ねて来たのは、いずれも原告が建設会社に出勤して不在中のことであり、在宅していた原告の妻らは原告の農業所得を把握していなかったため、被告の部下職員に説明を求められても応じられなかったものであるから、原告が被告の調査に協力しなかったとはいえない。むしろ、原告の妻らは、被告の部下職員が来訪する日時を事前に通知してくれれば、原告が勤務を休んで応対する旨伝えるなどして協力していたのに、被告の部下職員は、一度も原告に事前連絡をせず、その応対可能な日時に来訪することがなかったのであるから、原告に対する調査は全くなされていないというべきであるし、仮に右経緯をもって原告に対する調査が行われたものとしても、原告が調査に非協力であったと非難されるいわれはないものというべきである。したがって、原告が被告の求める調査に応じなかったことを理由に、推計課税の必要性を根拠付けることはできない。

さらに、被告の部下職員は、昭和六一年分についてのみ原告の農業所得の内訳の説明を求めたのであり、昭和五九年分、昭和六〇年分については、何ら調査をしていないから、右二年分についてまで税務調査に対する非協力を理由に推計課税をする必要があったとは到底いえない。

2  推計課税に合理性があったか。

(一) 被告の主張

本件における推計は、原告と事業規模等が類似する同業者の耕作面積一〇アール当たりの平均農業所得金額を別表二のとおり求め、これに原告の水稲の耕作面積九五アールを乗じて、原告の本件各年分の農業所得の金額を推計し、これに基づいて別表三のとおり原告の総所得金額を算定したものである。

そして、右類似同業者の選定は、被告において、次の条件のいずれにも該当するすべての納税者を機械的に抽出して行ったものである。

(1) 原告と同様に、宮古市に住居を有し、宮古市に所在する田畑を耕作する個人事業者

(2) 水田のみを耕作している者及び水田と普通畑のみを耕作している者で普通畑の耕作面積が全体の耕作面積の二〇パーセント以内の者

(3) 水稲の耕作面積が、原告の本件係争各年分の水稲の耕作面積(九五アール)の半分以上二倍以内(いわゆる倍半基準)の範囲内にある者

(4) 水稲の一〇アール当たり平均の水稲共済基準収穫量が、原告の本件係争各年分の水稲共済基準収穫量の上下五パーセントの範囲内にある者

(5) 原告と同様に給与所得を有しており、給与収入金額が原告の本件係争各年分の給与収入金額の半分以上である者

(6) 所得税の確定申告書を提出している者で、農業所得の計算内容が分かる者

(7) 更正又は決定処分を受けている者については、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立中及び訴訟中でない者

右のとおり、類似同業者の選定に当たっては、原告と、地理的条件(右(1))、経営形態(右(2))、事業規模(右(3))、収益力(右(4))、農業への従事状況(右(5))がいずれも類似している者で、かつ、農業所得把握の資料が正確で(右(6))、今後変更される可能性のない安全なもの(右(7))の中から、恣意の介在する余地がないように機械的に抽出しているのであるから、右類似同業者の選定は合理的であり、このような類似同業者の場合は、同一単位の耕作面積から同程度の収入金額及び必要経費が発生し、同程度の所得金額が生ずる蓋然性が高いと認められる上、反面調査によっても原告の農業所得を推計する基礎となる項目としては耕作面積しか把握できない本件では、他の推計方法を採り得なかったものであるから、推計方法の選択も合理的である。

したがって、本件における推計課税には合理性がある。

(二) 原告の主張

本件の推計は、原告の農業所得を過大に推計しており、実態と掛け離れたもので、合理性に欠ける。

(1) 右(一)(1)(地理的条件)について

原告の所有する田が存在する宮古市崎山松月地区は、山あいにあってヤマセの影響を強く受ける地域であるから、同じ宮古市内といっても、他の地域と異なって収穫量が低い所である。したがって、宮古市に田畑を所有している者から抽出したからといって、地理的条件が同一になるとはいえない。

(2) 右(一)(2)(経営形態)について

農業経営は、これに従事するものの人数や使用する農業機械の種類などによって、その形態が異なってくるものであるから、被告主張のように、単に水田と自家用野菜作付程度の普通畑を耕作する者の中から抽出しても、経営形態が類似しているものとはいえない。

(3) 右(一)(3)(事業規模)について

いわゆる倍半基準は、二倍の耕作面積を有する者まで事業規模が類似する者として扱うもので、類似同業者を抽出する基準としては余りにその範囲を拡大するものであるから合理性を有しない。また、農業における事業規模の類似性については、従事者の人数、機械化の程度等も合わせて考慮しなければならず、単に耕作面積のみで類似性を論ずることはできない。

(4) 右(一)(4)(収益力)について

被告の用いる水稲共済基準収穫量は、収穫量の類似性を担保する基準とはなり得るが、収益力は、収入と経費の相関によって決せられるものであり、収入の類似性を論ずるには収穫した米の種類や品質(等級)をも合わせて考慮しなければならないから、経費率の類似性や収穫した米の種類、品質を無視した基準には、合理性がない。

(5) 右(一)(5)(農業への従事状況)について

他に給与収入を得ている者の農業への従事状況は、その勤務が季節労働か常雇か、勤務の開始時間と終了時間、残業の有無及びその程度、休暇の付与状況、農繁期における休暇取得の可能性等により左右されるのであり、給与収入金額とは関わりのないものであるし、本人以外の家族で農業へ従事する者の人数、その従事状況をも考慮すべきであるから、給与収入金額が同程度だからといって、農業への従事状況が類似するものとはいえない。

(6) 類似同業者の抽出経過の合理性について

被告は、右(一)(1)ないし(7)の条件を満たす者すべてを機械的に抽出したから、右抽出経過には恣意の介在する余地がないものと主張するが、原処分時における被告の推計、異議申立時における被告の推計、審査請求時における国税不服審判所の推計、本訴における被告の推計を比較すると、段階を経るに従って推計額が増大しており、各段階において一定の合理的な抽出基準に基づいて類似同業者を機械的に抽出したものであれば、このように一貫して推計額が増大することは、統計学的にも確率的にも考え難いところであるから、類似同業者の抽出を恣意的に行った疑いがある。

また、審査請求に対する裁決では、原処分時の抽出基準に新たな基準を付加して類似同業者の選定替えを行ったとされいるが、新たな基準を付加したものであるとすれば、これによって選定された類似同業者は、原処分時の選定基準をも満たしていたはずのものであるから、原処分時の類似同業者に含まれていたはずであり、原処分時に条件を満たす者すべてを機械的に抽出したものであれば、選定替えを行うことは不可能である。したがって、審査請求時に選定替えが可能てあったとすれば、被告における類似同業者の選定は、抽出基準を満たす者の中から恣意的に行われていたことにならざるを得ない。加えて、本訴における抽出基準は、審査請求時の抽出基準より、さらに厳格な抽出基準に基づいて行われているとされるが、審査請求時の類似同業者と本訴における類似同業者とは、本件係争各年分のいずれについてもただの一人として同一人が存在しない。以上によれば、被告が行ったとする類似同業者の抽出は、本訴においても恣意的に行われたものではないかとの重大な疑いがあり、右抽出経過には合理性がないというべきである。

(7) 推計方法選択の合理性について

被告は、類似同業者の場合は、同一単位の耕作面積から同程度の収入金額及び必要経費が発生し、同程度の所得金額が生する蓋然性が高いと主張するが、地力が同程度であっても、水稲の種類や品質(等級)によって収入金額は異なってくるものであるし、必要経費については農業機械の導入の程度、農薬等の使用量、人件費の多寡等の被告の抽出基準にない事情によって異なってくるものであるから、類似同業者の同一単位の耕作面積から発生する必要経費と同程度の必要経費が原告において発生する蓋然性はないものというべきである。

また、被告の用いた類似同業者数は本件係争各年分のいずれにおいても三名に過ぎず、その農業所得には最大で一・八五倍もの格差があるから、その平均値には合理性はないものといわざるを得ないのみならず、被告選定の類似同業者間でも一・八五倍もの格差があることは、同一単位の耕作面積から同程度の所得金額が生ずる蓋然性が高いとする被告の主張が破綻していることを示すものであり、被告の推計方法には合理性がないというべきである。

さらに、被告の推計方法より合理的な推計方法が存在するならば、被告の推計方法の合理性は失われるものというべきであるところ、原告の農業収入に関しては、東北農政局岩手統計情報事務所の調査に基づく宮古市の水稲収穫量等を基に、原告の田畑の所在する宮古市崎山松月地区の水稲の平均収穫量を算出し、これに基づいて推計することが可能であり、原告の農業に係る経費については、後記3の実額の立証に基づくことによって把握することができるので、この方法によって算出した推計額の方が、原告の真実の農業所得に近似するものと考えられるから、被告の推計方法より合理的であるというべきである。

したがって、被告の推計方法には合理性がない。

3  原告の本件係争各年分の農業所得の実額はいくらか。

(一) 原告の主張

(1) 昭和五九年分の収支 損失二二万九八一三円

収入 計 九七万九五五二円

政府売渡米 五五万五五二七円

政府米二〇俵の価格は三一万五二二〇円であり、超過米一五俵の価格は二四万〇三〇七円である。

自家消費米等 三九万四〇二五円

自家消費米、耕作手伝いの謝礼、親族への贈与等に用いた二五俵については、政府米一俵の価格一万五七六一円を乗じて算出した。

自家消費野菜 三万〇〇〇〇円

原告は畑一〇アールを耕作して、ジャガイモ、大根、キャベツ、トマト、ナス、トウモロコシを収穫しているが、これらはすべて自家消費分であり、収穫量、単価等を正確に把握することができないので、家族一人当たり年間五〇〇〇円に相当するものとし、家族六人分を乗じて算出した。

支出 計 一二〇万九三六五円

水稲共済掛金 三万八〇〇六円

消耗品(肥料・農薬等) 一七万八八一五円

減価償却費 七五万二五四四円

別表四記載のとおりである(各減価償却資産の取得日、業務の用に供された日及び取得金額を除く事実は争いがない。)。

給料 二四万〇〇〇〇円

原告は、種蒔き、田植え、稲刈りを近隣の者に手伝って貰っており、一人一日当たり五〇〇〇円を、現金又は相当の米で、謝礼として支払っている。昭和五九年には、延べ四八人に手伝って貰ったので、右金額となる。

(2) 昭和六〇年分の収支 損失 七一万八七八九円

収入 計 九四万八六六三円

政府売渡米 五三万二四六三円

政府米二〇俵の価格は三〇万八九六〇円であり、超過米一四俵の価格は二一万三六七五円であり、他用途米一俵の価格は九八二八円である。

自家消費米等 三八万六二〇〇円

昭和五九年分と同様に、自家消費米等として用いた二五表に、政府米一俵の価格一万五四四八円を乗じて算出した。

自家消費野菜 三万〇〇〇〇円

昭和五九年分と同様である。

支出 計 一六六万七四五二円

水稲共済掛金 三万九三一三円

修繕費 五万三九七〇円

消耗品(肥料・農薬等) 二二万三四〇〇円

種苗代 二万四八二〇円

減価償却費 一〇三万〇一四九円

別表四記載のとおりである。

給料 一八万五〇〇〇円

種蒔き等を手伝って貰った人に昭和五九年分と同様に一人当たり五〇〇〇円を支払っているが、昭和六〇年については、田植え、稲刈りを手伝って貰った日の一部について、原告の記録である日記帳において人数の不明な部分があるので、本件係争各年分のうち、最も収穫量が少なく、手伝いの人員も少なくて済んだ昭和六一年と同様に延べ三七人に手伝って貰ったものとして右金額を算出した。

燃料費 六万五八〇〇円

プラスチック苗箱 一万〇〇〇〇円

もみすり費用 三万五〇〇〇円

(2) 昭和六一年分の収支 損失 八三万五六二三円

収入 計 八三万六七一〇円

政府売渡米 三七万〇七八五円

政府米二〇俵の価格は三四万八七四〇円であり、六〇年産の残米を超過米として供出した価格は二万二〇四五円である。

自家消費米等 四三万五九二五円

昭和五九年分と同様に、自家消費米等として用いた二五表に、政府米一俵の価格一万七四三七円を乗じて算出した。

自家消費野菜

昭和五九年分と同様である。 三万〇〇〇〇円

支出 計 一六七万二三三三円

水稲共済掛金 四万八五七〇円

修繕費 八五〇〇円

消耗品(肥料・農薬等) 二五万三六二〇円

種苗代 一万五六〇〇円

減価償却費 一〇〇万二九二三円

別表四記載のとおりである。

給料 一八万五〇〇〇円

種蒔き等を手伝って貰った人に昭和五九年分と同様に一人当たり五〇〇〇円を支払っているが、昭和六一年については、延べ三七人に手伝って貰ったものとして右金額となる。

燃料費 六万〇五六〇円

散粉機 七万五〇〇〇円

もみすり費用 二万二五六〇円

(二) 被告の主張

(1) 推計に基づく課税処分に対し、所得の実額を主張して推計の合理性を争う場合には、納税者は、単に収入及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ経費の額がその収入と対応する経費であることをも立証する必要があるというべきであるから、納税者は、収支を正確に記帳した会計諸帳簿及び請求書や領収書等の原始記録等の証拠に基づき、〈1〉その主張する収入及び経費の各金額が存在すること、〈2〉その収入金額がすべての収入金額(総収入金額)であること、〈3〉その経費がその収入と対応するもの(必要経費)であることを立証すべきものである。

(2) 原告主張の収入について

原告の主張する政府売渡米以外の、自家消費米等及び自家消費野菜については、その収穫に関する記録が一切ないのであるから、原告は、右に関する収入があったこを立証しているものとはいえず、ましてや原告の主張が、農業所得に関する総収入金額であることの立証もないことになる。

(3) 原告主張の支出について

減価償却費に関しては、その計算の基礎となる各減価償却資産の取得日、業務の用に供された日及び取得金額の立証がない。また、原告が取得したと主張するトラクター及びフロントローダーについては、原告の経営規模(耕作面積)に照らし、極めて大型かつ高額な資産であり、この減価償却費の額が原告主張の農業所得に係る収入金額と対応するものとはいえない。

給料については、原告主張によっても、その記録となるのは原告の日記帳のみであり、昭和六〇年分は、その日記帳自体に不備があるため、昭和六一年分の支払と同額の支払があったものと推定している程であるから、右日記帳によって原告の支出の実額が立証され得るものとはいえない。

燃料費については、原告は農業以外に漁業も営んでおり、かつ、右燃料の中の灯油、ガソリンは自家用に使用した部分もあるから、原告の主張からは、農業に使用したものと農業以外に使用したものとの区別が不可能であり、結局、農業用に使用した金額は不明であるといわざるを得ず、これを必要経費と認めることはできない。

第三争点に対する判断

一  争点1(推計課税の必要性)について

乙一号証の一ないし三、三四ないし四二号証、証人菅原悦、同佐々木愛子(但し、信用できない部分を除く。)及び争いのない事実によれば、被告は、原告の昭和六一年分の確定申告を受けて、昭和六二年三月下旬ころ、原告の本件各申告について審査したところ、本件各申告書にはいずれも収支内訳書が添付されておらず、事業所得に関する収入金額及び必要経費等の記載もなかったほか、本件係争各年分の原告の農業所得はいずれも赤字で、その金額が毎年増加しており、かつ、その農業所得金額が同規模の他の農業所得者の金額と比して著しく低額であったため、原告の本件係争各年分の農業所得が正確であるか否かを調査する必要があると判断し、原告が請求していた還付を留保したこと、一方、原告は、昭和五九年分、昭和六〇年分については、四月中旬までに還付を受けていたのに、昭和六一年分については昭和六二年四月二〇日になっても還付されなかったため、その理由を尋ねるべく、その妻を翌二一日に宮古税務署に赴かせたところ、被告の部下職員である菅原秀悦(以下「菅原」という。)から、本件係争各年分の収支内訳書の提出と、その作成の資料となった帳簿書類等の提示に基づく説明を求められ、昭和六一年分の還付については、右資料等に基づく調査をした上で決定する旨の説明を受けたこと、菅原は、同月二七日に原告宅に赴き、収支内訳書の提出及び帳簿書類等に基づく説明を再度求めたが、原告は不在であり、原告の妻からは収支内訳書の提出さえも受けられなかったところ、同月三〇日に民主商工会の事務局員と共に宮古税務署に来署した原告の妻らから再び昭和六一年分の還付がなされていないことの説明を求められ、菅原においては右同様の依頼を繰り返したのに対し、原告の妻らは、申告しているのだから、還付すべきものは早く還付すべきだと述べたこと、さらに、菅原は、同年五月七日にも、原告宅に赴いたが、原告及びその妻とも不在のため目的を達することができなかったところ、同月一一日に民主商工会の事務局員と共に来署した原告の妻から収支内訳書のようなものを提示されたので、これをコピーすることの了解を得ようとしたが、これを提出しても還付を受けられないのであればコピーされるのは困ると考えた原告の妻に断られて右書類を取り戻され、その内容を確認することができず、原告の妻らから再度、還付すべきものは早く還付すべきだと要求されたこと、その後も、菅原は、原告の農業所得の内容を把握すべく、同年六月四日、同月一九日、同月二九日、同年七月一日等に、いずれも事前に何らの通知をせずに原告宅を訪問し、収支内訳書の提出や帳簿書類等に基づく説明を依頼したものの、いずれも原告自身は不在であり、また、そのころ原告の弟の病気入院などもなって、原告や原告の妻からは収支内訳書の提出も帳簿書類等に基づく説明も受けることができなかったこと、なお、菅原は、原告自身に会えないため、前記説明の際などに原告の都合のよい日時を連絡して欲しい旨原告の妻に依頼したこともあったが、原告からは何ら連絡もなかったこと、被告は、以上の経緯から原告の本件係争各年分の農業所得を実額で把握することは困難だと判断したが、さらに、同年九月七日に、被告の部下職員である安田統括官が原告宅に電話をかけて、応対した原告の妻に、原告自身が宮古税務署に来て還付請求について説明して貰いたいこと、それが出来ない場合でも原告自身から連絡して欲しい旨依頼したところ、翌八日に、原告の妻及び長男、民主商工会の事務局員二名が宮古税務署を訪れ、還付について話し合いたい旨申し入れたが、被告の部下職員は、民主商工会の立会を拒否して、物別れに終わったこと、この間、原告は、被告に対し、同年五月二一日付の書面で、それまで還付に応じていたのに昭和六一年分のみ収支内訳書の提出を強要して還付を留保するのは不当であるから早急に還付することを求める旨の申し入れを行ったのを初めとして、同年六月三〇日付、同年八月二七日付、同年九月一八日付の各書面で、還付の請求、還付留保の理由の開示要求などをし、税務調査を行う前に還付すべきものは還付すべき旨主張していたことが認められる。

右によれば、被告は、原告に対し、本件係争各年分の農業所得の内容把握するため、再三にわたって収支内訳書の提出、帳簿書類等に基づくその内容の説明を求めたも関わらず、原告は、還付請求に固執し、容易に可能な収支内訳書の提出さえ行わなかったのであるから、原告には、被告の調査に協力する意思がなかったものと認めざるを得ない。したがって、被告が、右のような原告の態度に照らして、原告の農業所得の実態を把握できないものと判断したことはやむを得ないところであり、本件においては推計課税の必要性があったものというべきである。

原告は、被告の求めに応じて収支内訳書(申告決算書)を提示しており、これにより原告の農業所得の実額を把握できたから、税務調査の必要がなかったことはもとより、推計課税の必要もなかった旨主張するけれども、右に認定したとおり、昭和六二年五月一一日に原告の妻が菅原に対し、収支内訳書のようなものを提示したことはあるものの、菅原がその内容を調査確認するためコピーしようとしたところ、右書面を取り上げこれを拒否しているのであるから、この事実をもって、被告が原告の農業所得の実額を把握できたものということはできず、原告の右主張は採用できない。もっとも、甲七三号証(佐々木愛子の陳述書)、証人佐々木愛子の供述中には、菅原は暫く右収支内訳書の内容を見た後に、機械が多い旨発言したとする供述部分があるが、菅原は、原告の農業所得について収入、経費の内訳等に基づいて正確な実額を把握するために収支内訳書の提出を求めていたのであるから、仮に菅原が右程度に提示された書面の内容を把握できたとしても、原告の農業所得の実額を把握し得なかったことは明らかであり、原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、原告が被告の調査に協力できなかったのは、菅原がいつも事前の連絡なしに原告宅を訪問したためであり、原告の非協力によるものではないと主張し、甲七三号証、証人佐々木愛子及び原告本人の供述中には、菅原は、原告が建設会社に勤務していて日中不在であることを知りながら、いつも事前連絡なく原告宅を訪問してきたため、農業所得の内訳を把握していなかった原告の妻では説明を求められても対応できなかったことから、原告の妻は、事前に訪問の日時を連絡して貰えれば原告に仕事を休ませて対応させる旨菅原に伝えており、余裕のある日時を指定してくれさえすれば、原告はいつでも調査に応ずるつもりがあったとする原告の主張に沿う部分がある。確かに、前記認定のとおり、菅原は、いつも事前連絡することなく原告宅を訪問していたところであるが、一方前記認定の事実によれば、原告は、妻などを通じて、還付が受けられない限り、収支内訳書の提出のみならず、そのコピーさえ許さないとの態度を示していた上、原告の妻が農業所得の内訳を把握していなかったためにその内容の説明ができなかったとしても、右収支内訳書の提出と帳簿や領収書等の書類を提示することまでできないとする合理的理由は認められないのにその提示に応じていないのであり、また菅原は、原告の都合のよい日を連絡するよう原告の妻に依頼していたのであるから、原告に農業所得の内訳を説明しようとする意思さえあれば、容易に調査に応ずることができたのに、右連絡をしていないのである。このような原告の態度に鑑みると、たとえ菅原が原告宅を訪問する際に事前連絡をしなかったからといって、前記推計課税の必要性が否定されるものではない。

さらに、原告は、被告が原告の農業所得の内訳の説明を求めたのは、昭和六一年分のみであるから、昭和五九年分、昭和六〇年分についても推計課税をする必要性はないと主張し、甲七三号証、証人佐々木愛子の供述中には、菅原からは昭和六一年分の収支内訳の説明を求められたでけで、昭和五九年分及び昭和六〇年分については、一切説明を求められていないとする原告の主張に沿う部分がある。しかしながら、既に認定したとおり、本件各申告書のいずれにも収支内訳書が添付されておらず、事業所得に関する収入金額及び必要経費等の記載もなかったほか、本件係争各年分の原告の農業所得はいずれも赤字で、その金額が毎年増加しており、かつ、その農業所得金額が同規模の他の農業所得者の金額と比して著しく低額であったために、被告は、原告の本件係争各年分の農業所得が正確であるか否かを調査する必要があると判断し、その結果、菅原において原告の妻に対し、本件係争各年分の収支内訳書の提出と帳簿書類等に基づく説明を求めたものであるから、これに反する前記供述等は採用できない。

以上によれば、本件各処分当時、本件係争各年分の原告の農業所得を実額によって算出することは不可能であったことが明らかであって、被告は推計に基づいてこれを把握するほかはなかったものというべきであるから、推計の必要性があったものといわざるを得ない。

二  争点2(推計課税の合理性)について

乙二六、二七号証の各一ないし四、二八号証の一、二証人鈴木憲一によれば、被告は、原告と事業規模等が類似する同業者の耕作面積一〇アール当たりの平均農業所得金額を求め、これに原告の水稲の耕作面積を乗じて、原告の本件係争各年分の農業所得の金額を推計することとし、仙台国税局長の通達に従い、次の各条件のいずれにも該当するすべての納税者を機械的に抽出し、該当者の耕作面積、水稲に係る農業所得金額及び一〇アール当たりの所得金額を求めることとしたこと、右の条件は、

1  宮古市に住所を有し、宮古市内に所在する田畑を耕作する農業を営む個人

2  水田のみを耕作している者及び水田と普通畑(大麦・小麦・大豆・小豆・馬鈴薯・自家用野菜を作付している畑)のみを耕作している者で、普通畑の耕作面積が全体の耕作面積の二〇パーセント以内の者

3  水稲の耕作面積が、原告の本件係争各年分の水稲の耕作面積(九五アール)の半分以上二倍以内(いわゆる倍半基準)の範囲内にある者

4  水稲の一〇アール当たりの平均の水稲共済収穫量が、原告の本件係争各年分の水稲共済基準収穫量の上下五パーセントの範囲内にある者

5  原告と同様に給与所得を有しており、給与収入金額が原告の本件係争各年分の給与収入金額の半分以上である者

6  所得税の確定申告書を青色の申告書により提出している者

7  更正又は決定処分を受けている者については、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者並びに当該処分に対して不服申立中及び訴訟中でない者

とされていたこと、しかしながら、右のすべての条件に該当する者がいなかったため、右6の条件を、所得税の確定申告書を提出している者で、農業所得の計算内容が分かる者とし、その計算内容については実地に調査するなどして確認すべきものと変更した上、これに該当する納税者をすべて機械的に抽出したところ、別表二のとおり、本件係争各年分のいずれについても三件の類似同業者が得られたこと、これら類似同業者の一〇アール当たりの平均農業所得金額に、原告の水稲共済引受面積である九五アールを乗じて、原告の本件係争各年分の農業所得の金額を推計したこと、本件においては、原告の農業所得の推計の基礎となる項目としては、反面調査によっても原告の住所、その田畑の所在地のほかは水稲の耕作面積しか把握できなかったことが、認められる。

右によれば、抽出された納税者はいずれも、地理的条件、経営形態、事業規模、収穫量、農業への従事状況が原告と類似しており、その抽出過程も恣意の介在しない機械的なものであった上、その資料も後に変更される可能性がなく、かつ、正確なものであるということができるから、その資料は、原告と類似する同業者の農業所得を示すものと解すべきところ、このような類似同業者の場合には、同一単位の耕作面積から同程度の収入金額及び必要経費が発生し、同程度の所得金額が生ずる蓋然性が高いというべきであるから、本件において被告の行った原告の農業所得の推計には合理性があるものといわなければならない。

原告は、この点に関し、前記第二、二、2、(二)、(1)ない(5)記載のとおり、被告の設定した右認定にかかる類似同業者の抽出基準には合理性がない旨主張するければも、右に認定したとおり、原告の農業所得を推計する際に、被告がその基礎となる事実として把握できた原告の経営条件としては、宮古市に居住し、他に給与所得を有しながら、宮古市内に所在する九五アールの田畑で主として水稲を耕作しているという事実のみであったから、被告としては類似同業者の所得率に基づいて推計するよりほかに推計の方法がなかったものというべきであり、このように類似同業者の所得の平均値を用いる場合には、同業者間に通常在する程度の差異は平均値をとることにより捨象されるものと考えられるから、原告の主張するような農業機械の種類や機械化の程度、家族で農業に従事する者の数、他に給与収入を得ている者の場合の勤務形態等の具体的な条件の一致又は類似までも必要であると解することはできない。もしそのような具体的な条件の一致又は類似まで必要とするならば、類似同業者の抽出が事実上不可能となって、推計課税を行うことができなくなってしまい、法が推計課税を認める趣旨を没却することになりかねないからである。また、右のとおり、原告の農業経営と類似する同業者を選定する際の基礎となる項目として、原告の経営条件について被告が把握できたのは原告の耕作面積等に過ぎなかったことに照らしても、被告の推定方法に合理性が認められるというべきである。

原告は、またその所有する田が所在する宮古市崎山松月地区は、山あいにあってヤマセの影響を強く受ける地域であるから、収穫量が低いという原告の特殊事情を主張するが、この点については、右4の収穫量の類似性を担保する抽出基準が設定されていることにより、推計の基礎として考慮されているものといい得るところである。

以上のとおりであるから、原告の右各主張はいずれも採用できない。

なお、証人鈴木憲一によれば、本訴の類似同業者の申告の内容の正確性については、それぞれの同業者に対して面接するなどの事後調査を行ったものではないことが認められ、原告は、この点を捉えて資料の正確性に欠ける点があると非難するが、乙二七号証の一、証人鈴木憲一によれば、類似同業者の所得金額の計算内容については実地に調査するなどして確認することが求められており、被告では申告時に署員が面接して計算内容を確認の上申告した者の中から抽出し、その後内部資料によって再度調査した上で申告が妥当であると判断された者を類似同業者と選定したものであることが認められるから、資料の正確性に欠けるところもないというべきである。

ところで、原告は、前記第二、二、2、(二)(6)記載のとおり、類似同業者の抽出経過に恣意が介在した旨主張する。しかしながら、原処分時、異議申立時、審査請求時、本訴の各段階における推計額が一貫して増大していることのみから、直ちに、原告主張のように類似同業者の抽出が恣意的に行われたものということはできない。また、甲七一号証、乙四号証、証人鈴木憲一によれば、国税不服審判所の審査裁決においては、原処分庁たる被告の抽出した類似同業者とは別の同業者に選定替えを行っており、また、本訴における類似同業者は国税不服審判所において抽出した類似同業者とは全く別の同業者が選定されていること、しかしながら、審査裁決においては、具体的な抽出基準が明らかでないものの、原処分庁たる被告の抽出基準とは異なり、給与収入がある者や耕作面積、地目等の類似した者から抽出したとされていること、原処分庁たる被告における抽出基準と本訴における抽出基準とでは、原処分時には宮古税務署管内で水稲のみを耕作している者を抽出したが、本訴訟では、地域を宮古市内に限定し、さらに給与所得をも有する者から抽出したように、同業者の範囲を絞った面がある一方、水稲のみでなく普通畑を耕作している者を抽出基準に加えて同業者の範囲を広げた面もあることが認められ、これによれば、原告主張のように、抽出された同業者は各段階で選定替えされているものではあるが、これをもって、直ちに、類似同業者の抽出に恣意が介在したものということはできない。そして、既に認定したとおり、本訴における類似同業者の抽出は、仙台国税局長の通達に基づいて行われているのであるから、一般的に恣意の介在する余地はないものと考えられ、他に、右抽出経過に恣意が介在したことを窺わせるに足りる証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

さらに、原告は、前記第二、二2、(二)、(7)記載のとおり、推計方法の選択に合理性がない旨主張する。確かに、原告の主張するとおり、農業収入は、地力が同程度であっても水稲の種類や品質によって異なり、必要経費についてもまた農業機械の導入の程度等によって異なってくるということができるが、既に説示したところに照らしても明らかなように、推計課税においては、同業者間の個々具体的な種々の差異を前提として、一定の合理的な基準に基づいて比較的類似すると認められる者の所得等の平均値をもって、原告の所得の推計を行うものであるから、原告が右に主張するような具体的な細部にわたる差異は捨象し得るものであり、本件程度の類似性があれば、一般的には、同一単位の耕作面積から同程度の収入金額及び必要経費が発生し、同程度の所得金額が生ずるが可能性が高いものというべきであって、既に説示したとおり、原告には特殊事情も窺われないのであるから、被告の推計方法の選択が合理的でないということはできない。また、確かに、本訴における類似同業者数は本件係争各年分のいずれにおいても三名であって、推計課税の基礎とするには若干その数が少ないといわざるを得ないが、本訴の類似同業者の抽出基準の合理性に照らすと、類似同業者数名が三名に過ぎないからといって、直ちに、推計の合理性が失われるものということはできないし、さらに、右類似同業者間の農業所得には最大で一・八五倍の格差があるけれども、右のとおり一定の差異を前提として、その平均値をもって推計を行うという推計課税の趣旨に照らせば、この程度の格差は捨象し得るものと考えるべきである。

以上によれば、被告の推計課税には、十分合理性があるものというべきである。

なお、原告は、被告の推計方法と比較しより合理的な推計方法が存在するとして、東北農政局岩手統計情報事務所の調査に基づく宮古市の水稲収穫量を基に、原告の田畑の所在する地区の水稲の平均収穫量を算出し、これに基づいて原告の農業所得の収入金額を推計し、経費については、実額を差し引いて原告の農業所得を推計すべき旨主張するけれども、甲八三ないし八五号証によると、右統計事務所作成の岩手農林水産統計年報の水稲収穫量は、標本筆の実測調査及び巡回調査の結果から一〇アール当たりの収量を推定して算出したものであって。実際の収穫量を示したものではなく、また右統計年報の宮古市の水稲収穫量とは、そのようにして算出した収穫量の宮古市全体の平均値であることが認められるから、このような統計数値に基づいて原告の水稲の収穫量、そして農業所得の収入金額を算出し、経費についてのみ実額で差し引くことによって算出された金額が、原告の農業所得の実額で差し引くことによって算出された金額が、原告の農業所得の実額に近似した数値になるとはおよそ考えられず、右のような算出方法が前記認定の被告の推計方法と比較しより合理的であるとは、到底認めることができない。そもそも収入金額について実額の主張、立証をなさず、これを推計によって算定した上、経費についてのみ実額を主張、立証しても、直ちにその経費が推計された収入金額に対応するものとは認め難いし、単に経費のみの実額の主張、立証、推計計算の一項目についての主張、立証にすぎなから有効な実額反証とはなり得ないと解するのが相当である。そうすると、原告の右主張もまた採用できない。

三  争点3(原告の農業所得の実額)について

1  納税者が推計課税取消訴訟において所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するためには、その主張する実額が真実の所得額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要があると解するのが相当である。けだし、納税者は、申告納税制度の下で、税法に従った正しい申告をする義務を負うとともに、その申告を確認する税務調査に対して帳簿等の直接資料を提出し、申告の内容が正しいことを税務職員に説明する義務を負うているのであるから、納税者がそれらの義務に違背して直接資料を提出せず、調査に協力しないためにやむを得ず課税庁をして推計課税を余儀なくさせておきながら、実額反証を許される結果、申告納税義務を遵守する誠実な納税者よりも利益を得るというような不当な事態を生ぜしめるべきでないことは当然であるばかりでなく、納税者の実額反証後に実施される課税庁の反面調査や証拠の収集が年月の経過に伴い著しく困難となるのに反し、実額反証を主張する納税者は、自己に有利な証拠を一般的には容易に提出することができるからである。

2  そこで、右見地に立って、先ず原告主張の米の収穫による収入金額の実額について検討する。

(一) 米の収穫量とその収入の実額について

原告が政府米、超過米、他用途米等として政府に売り渡したことによる本件係争各年分の収入を証する資料として提出した甲二、四、二二、五三号証は、実額を認定する資料として十分信用に値するものであるから、右収入の実額については、原告主張のとおりこれを認めることができる。

原告本人は、そのほかに自家消費分、耕作を手伝ってくれた人への謝礼として用いる分及び親族への贈与分等として例年籾で二五俵を保有することとしており、本件で問題となる昭和五九年ないし昭和六一年当時も同様であった旨供述し、原告はこの保有米に右各年の政府米売渡価格を乗じて得た収入をもって米の総収入金額の実額であると主張する。

確かに、農家が例年収穫した米のうちから家族数などに応じて一定量の米を保有米として確保していることは公知の事実であるといってよい。

しかしながら、本件においてはその量が問題であるところ、証人堂前貢及び原告本人は、先の保有米の籾二五俵は精米して玄米にすると一〇〇〇キログラム程度であるが、米の消費量は、大人一人当たり玄米で年間一〇〇キログラムが妥当とされており、原告方は大人六人の家族なので例年そのうち六〇〇キログラムを原告方において消費し、その余は耕作を手伝ってくれた人への謝礼ないし親族への贈与等として消費している旨それぞれ供述するが、それを裏付ける帳簿や領収書、送り状等の直接資料の提出はなく、そもそも右のような標準消費量に基づいて消費量を算出する方法は推計そのものであって実額ということはできない。しかも以下の点において、保有米二五俵という原告本人の供述自体も俄に信用できない。

すなわち、原告本人の供述によると、米の収穫量は、昭和五九年が六〇俵(一俵六〇キログラム)、昭和六〇年が六〇俵と翌六一年に前年残米の超過米として売り渡した俵数は不明であるが代金二万二〇四五円相当、昭和六一年が四五俵ということになるところ、甲七五ないし八二号証によると、各耕地毎に前年度の収穫量などを参酌して定めることとなっている原告の所有する田の基準収穫量は、昭和六〇年が三八七六キログラム、昭和六一年が三九四四キログラムであることが認められ、これに照らすと、その前年に当たる昭和五九年、六〇年の原告方の米の収穫量は、実際は原告の右に供述するよりも多かったのではないかとの疑念が生じる。また原告本人は、その所有の田は川原を開墾して造成したことから石ころが多いし、表土が一〇センチメートル程度しかないため地力がなく、したがって収穫量が他より少ないと供述するけれども、右甲号各証によれば、原告の所有する田の昭和六〇年の基準単収(一〇アール当たりの基準収穫量)は、昭和六〇年が四〇八キログラム、昭和六一年が四一五キログラムと定められているところ、右田の所在する崎山松月地区の基準単収の平均値は、昭和六〇年が三九一キログラム、昭和六一年が三九八キログラムであり、宮古地方農業共済組合平均値は、昭和六〇年が三九七キログラム、昭和六一年が四〇九キログラムであることが認められるのであって、これによりみれば、原告の所有する田からは、右松月地区平均のみならず右組合平均以上の収穫を上げ得るものと評価されていることとなる。

以上の点に加え、原告の確定申告額と本訴で原告が主張する農業所得金額が一致せず、原告が右確定申告の際に作成したとする申告決算書と称する収支内訳書についてはこれを紛失したとして本訴おいて提出していなこと、被告の推計方法に比較してより合理的な推計方法があるとして、経費については実額を主張しながら、農業の収入金額については統計資料による推計値を主張している本件記録上明らかな訴訟経過とも照らし合わせると、米の実際の収穫量、したがって、それによる収入金額が、原告において主張し、原告本人が供述する程度にとどまるものかどうか極めて疑わしいといわざるを得ず、しかして、原告の主張する実額が真実の所得額に合致すると認めるには合理的疑いが存するものといわねばならない。

(二) 野菜の収穫量とその収入の実額について

原告本人は、原告所有の畑は一〇アール程度存するが、そのうち三アール程度に専ら自家消費のための野菜として、ジャガイモ、大根、キャベツ、トマト、ナス、トウモロコシ等を作付けしている旨、また証人堂前貢は、自家消費野菜の標準消費量は、本件で問題となっている昭和五九年ないし昭和六一年当時、冬期には作付できず収穫できるのは半年程度の期間なので大人一人当たり金銭に換算して年額五〇〇〇円ないし一万円程度となる旨それぞれ供述し、原告は、その消費額を年額五〇〇〇円としてこれに大人六人の原告方家族数を乗じて原告の本件係争各年分の収穫した野菜の収入金額の実額を三万円であると主張する。

しかしながら、その統計的な数値に基づいて算出した収入金額をもって実額ということはできないし、右収入金額を裏付ける帳簿等の提出も全くない。のみならず、冬期に野菜の作付ができないとしても、一般に農家では、その作付しているというジャガイモ、大根等を来年の春先まで保存し(大根は漬け物として)消費するのが通常であって、このことは公知の事実というべきであるから、果たして証人堂前の供述するように大人一人当たり年額五〇〇〇円ないし一万円程度の消費量にとどまるものかどうか疑問なしとせず、したがって、収穫した野菜の収入金額の実額については、原告により未だ合理的疑いがない程度に立証されたものということはできない。

(三) ところで、証人菅原秀悦、堂前貢の供述等によると、農業経営者は、自家消費分の米や野菜の収穫について全く記帳していない者がかなり存在するため、そのような者の確定申告に際し、税務職員が一人当たりの標準消費量を教示し、それに家族数とその価格を乗じさせて申告額を算出するよう指導している場合もあることが窺われるけれども、それは本来実額に基づいて申告させるべきところ、その直接資料がない等の事情により、税務署側も人員配置等から事務処理能力に限界があって事実上調査が困難なこと等から、便宜的にそのような方法による申告を認めているに過ぎないと解すべきもであるある。したがって、確定申告の際にそのような算出方法が許容される場合があるからといって、直接資料を提出せず、調査に協力しないためやむを得ず課税庁をして推計課税を余儀なくさせた納税者が、実額反証によりその推計課税の適法性を争う場合にも、同様の方法により算出した実額とは異なる収入金額等の主張が許容されるべきものと解することはできない。

また証人堂前貢等も供述するように、自家消費米や自家消費野菜についてその消費の都度その量や市場価格を記帳することは確かに煩瑣で、これを記帳する農業経営者は極めて稀であろうと思われるし、耕作を手伝ってくれた人への謝礼や親族への贈与に際し領収書等を徴収することも、庶民勘定として実際上困難なめ行われることは稀であるということができよう。しかしながら、推計課税の必要性、合理性が肯定された以上は、実額反証によって推計課税の適法性を争う者が、その主張の実額が真実の所得額に合致すると認めるに足りる信憑性のある資料の提出を求められるのもやむを得ないところというべきであるし、一方日記帳や、帳簿等に消費した米等の量だけでも記帳していれば、その市場価格の把握は後に比較容易になし得るし、米を贈与等した場合も、その日時や量を帳簿等に記帳していれば、その内容や作成経緯にもよろうが、これによりその実額の立証は十分可能であったはずであるから、その記帳を怠ったことによりそのような資料の提出ができず、立証上不利益を受けたとしても致し方がないことというべきである。

3  そうすると、原告の農業所得の総収入金額についての実額の主張は結局その立証がなく失当であるといわざるを得ず、このような場合、経費についてのみ実額を主張、立証しても、推計課税に対する有効な反証として、認められないことは先に説示したとおりであるから、原告の実額の主張は、その主張する経費について判断するまでもなく採用することができないというべきである。

四  以上の次第で、被告が本件係争各年分についてなした原告の所得税の更正処分及び右更正処分に伴う過少申告加算税の各賦課決定処分は、結局いずれも適法というべきであるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐々木寅男 裁判官 小林崇 裁判官貝原信之は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 佐々木寅男)

別表一

一 昭和五九年分

〈省略〉

一 昭和六〇年分

〈省略〉

三 昭和六一年分

〈省略〉

別表二

(一) 昭和五九年分

〈省略〉

(二) 昭和六〇年分

〈省略〉

(三) 昭和六一年分

〈省略〉

別表三

〈省略〉

別表四

〈省略〉

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